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マロシャロ本編の前日譚小話。
本編はやることやってからになるので
忘れた頃に出てくるんじゃないかな!




広い背を追いかけていた。

王都から離れた山岳地帯。そこには魔女たちの住まう渓谷がある。
我が主ロズウェル子爵は丁度その渓谷手前の荒野にて、筆頭とみられる魔女と交渉をしているところだった。昨今渓谷の魔女が王都へ忍びこみ、人攫いをする事件が増えているのだ。これを暴き、拉致被害者の安否を確保することが、主が王から仰せつかった命だった。

黄昏時の淡いオレンジ色の光を身に受けながら、我らが主は魔女と問答を続ける。
漆黒のドレスを身にまとった魔女と、ビジネスカジュアルな出で立ちの主とでは些かちぐはぐな印象を受けるが、それを気に留めるものはこの場にはいないだろう。
私を含めた護衛騎士たちは、主から数メートル離れた位置で、口を閉ざし、目を瞑り、ただ命を待つ。

やがて問答が終わる。
交渉が決裂したのだろう。
斜陽に見守られながら、両人は互いに背を向け歩き出す。
二人がどんな会話をしていたのか、主が何を思っているのか、それは私たちには関係ない。
手や足が脳に反する動きをしないのと同じように、騎士たちはただ命に従うのみだ。
とはいえ騎士とは形式上のものであって、いってみれば上司と部下の関係と変わりない。
剣を持ち、主を護ることはあれど、大層な鎧や軍服は着ていないし、もしかすると終身雇用のSPと名乗った方がまだしっくりくるかもしれない。

「ありゃあダメだな。話にならん」
ポリポリと頭を指でかきながら戻ってきた主の後ろにつく形で騎士たちは動く。
補佐役に近いウォーカーだけは主の隣に横並びになって歩いていた。
「撤退ですか。しかし些か早いのでは? 私たちのうち数人を渓谷に降ろし……」
「無駄だ。日を改めるしかない。俺は交渉をしに来たんであって、戦争をしにきたわけじゃない」
「しかしではなんと報告するのです?」
「それは帰ってから考える。とっとと戻って寝たいだろ? なあ、マーロン」
不意に自分の名前が上がって驚いた。後ろの方でぼんやりと歩いていただけだったのだから。
「はあ、そうですね。ここは暑いですから、早いところ冷房の恩恵に与りたいものです」
適当に返した答えは、正解だったらしい。主は満足げに笑ってウォーカーの意見を振り払った。

その笑顔が、妙に眩しく見えたのは――――錯覚ではなかったらしい。
辺り一面が閃光に包まれ、地面は唸り、我々は立つことすらままならぬ揺れに襲われた。
主だけが、事の次第に気づいたらしかった。
「魔女め……」
パチン、と彼が指を鳴らしたことで、騎士たちはみな“戦闘”だと悟った。
よくよく見てみると、光の彼方に黒い影が見える。あれが先ほどの魔女だろう。
「主! お下がりください」
「魔女相手じゃあお前たちは使い物にならないだろう。できるだけ身を伏せていろ」
しかし予想に反して戦闘はおこらなかった。
まばゆい光の中にぼんやりとあった黒は徐々に薄れ、完全に視界が戻った頃には消え去っていた。残されたのはひび割れた荒野。剣など持っていてもどうにもならない……と、その場にいた騎士たちは皆震えた。
「主、撤退しましょう」
体勢を立て直したウォーカーはいち早く主に駆け寄った。
「だから最初から言っていただろうが。いわれなくても帰るさ」
そういって振り向いた主は、両の瞼を閉じていた。


三日後。
野外で鍛錬と称し手合わせをしていた私は、主に呼ばれて彼の書斎へと赴いた。
デスクに背を向けて一人座っていた主は、私が来たのを察するとくるりとこちらに向きなおした。
「お前を呼んだのは……これは内々の話で頼みたいんだが、明日から一月お前に行ってもらいたいところがあってな」
「は、件の渓谷でしょうか?」
「あ? ちがうちがう。王都だ」
「王都」
「王都、シーサイドヴァリーヒルズ、ファーストアベニュー341」
「といいますと」
「俺の娘の家だ」
予想外の返事に言葉を詰まらせた。既に予想済みだったのか、間髪入れずに主は続きを話す。
「お前には、あの子の従者として、一月共に過ごしてもらいたい。何、部屋は用意する。シャーロットには会ったことがなかったか? そうか。ゴーストの研究をしている」
「……恐れながら、なぜ私を」
「お前を、ってわけじゃあない。実は前々からウォーカーたちも代わる代わる従者として派遣していたんだ。去年一人やめていっただろう? あれは途中でここに戻ってこようとした。忠義を誓ったのは娘ではないと言いたかったのだろうが、それではだめだ。つまりだな、マーロン。これをもって試験としたい。一月、なんのトラブルもなければ通過。途中で音をあげれば落第」
「今のままでは信用に値しない、と?」
沈黙。
それは恐らく肯定の沈黙ではない。
与えるべき情報と、排除すべき情報を選ぶ時の間だった。
「お前に隠せるはずもない。……渓谷の魔女。あれは無視できない。近々もう一度出向く必要があるだろう。その時に連れていく者を選定したいのさ。むろん、魔法学校を出ていないお前たちは、皆一様に、戦闘面では役に立たないだろう。再び向かうときにはある程度術師も雇っていかなければならない。とすると、異分子を多く連れていくことになる。俺は信頼のおけるものに、そいつらの統率を頼もうと考えているわけだ。連れて行くのはただ一人だ。無駄に死体を積み上げるつもりもない」
主はそういって、自身の瞼に手を当てた。あの日、閃光の中、主は魔女に呪いを受けた。目が焼けたわけではない。視力を失ったわけでもない。視える身でありながら、二度と見えないようにと、『瞼の開かない呪い』を受けたのだった。
「ご意向は理解致しました……しかし」
その信頼を見極めるのに適した任とは思えない、とささやかな抗議をするつもりだったが、主は静かに右手をあげてそれを止めた。
「行くのか、行かないのか、どちらだ。マーロン」
「…………お言葉のままに」
「では支度をしろ。王都まではうちの車を使え。悪いが目立ちたくないんでな、王都に入ってからは適当な公共交通手段を使って家まで言ってくれ。娘には私から話をしておく」
「はい」
一礼をして踵を返す。部屋の戸に手をかけたところで、主は制止の声をかけた。
「マーロン、選定の参考までに聞かせてくれ。お前、魔女は好きか?」
「……とんでもない。話も聞かぬ野蛮な者、いつでも剣をたてる準備はできています」
「……そうか。わかった。下がれ」
そうしてそれが、騎士としての私と、主としてのロズウェル子爵の、事実上最後の会話となった。